習い事をしているのですが、講師が「あなた達にわかるはずが無い。」というニュアンスの発言をしたのを聞いてしまいました。
何のために時間を割いて、その講座に行ってるんだろう。
配慮が足らないように感じました。生徒である私たちに聞こえるところで、わかるはずがない、と言われても。
その講師の授業は、理解し辛く、それがなぜなのか、メモとっちゃいました。
手作りの配布資料が、見づらい。字がずれていたり、行、列番号も無い表を渡され、いきなり、どこの場所に書かれてある数字なのかわからない数字を説明し始める。配布資料にページや、記号もついてなくて説明することがあるから、、どのプリントのどこを説明をしているのか、いきなりわからなくなる。
テキストのページ、何行目かも言わずにいきなりテキストの内容を話し始めるので、どこのことだろう、と探しているうちに話が進んでいる。
板書の字が、人に読ませる字ではない。くせ字、略字、読めないところが多すぎる。板書苦手ならワープロや、資料のコピーを配布して、そのプリントにに虫食いカッコを作って、生徒がそこに字を入れるようにすればかなり理解しやすいはず。
全員のテキストに書いてある内容、テキスト何ページ、記号がどれ、と言えばわかる内容を丸々板書。時間がもったいない。
テキストを読ませるだけで具体例もなく話が進む。
わかるはずがないのなら、サブテキストの配布や、参考資料の提示が必要なはず、それも無く、研究不足。
代名詞が多く、これ、あれ、それ、で話が進むので、どこのことを言っているのかわからなくなる。
授業準備してないのがわかる。
嫌味ではなく、本当に講師ご自身が多分とても頭がいいので、ご自分がしている授業内容でもご理解できるのだと思います。
しかし…それで講師料もらっていいのかな。
もっと上手な授業を聞きたいというわけではないの、下手な授業でもいいの。
自分のお仕事にプライドと興味を持って、この世界はこんなに楽しいのよ、という気持ちの伝わる授業をしてくれたら、いいの。私は傷つかないの。
あなたたちにわかるはずがない、その言葉を聞いてしまって、その授業を聞くのが辛くなっています。
ものすっごい、いい勉強をさせてもらいました。
私が人様に伝える仕事をする時の禁忌行為の羅列状態という具体例です。あまりこういう機会はありません。私が今まで、研修、講習、勉強会、授業を受けましたが、今までの講師陣が素晴らしかったことを感じています。
私もどれだけ、アロマやエステの仕事が好きなのか、教え方が下手でも、その気持ちは忘れないでいきたいともう最近強く強く思います。
それと昔教えた人たち、今本当に反省しているよ。私ももっとわかりやすい授業ができたはずですね。板書の字が乱暴だったこともあるね、忙しくて、授業準備が甘かったことがあるよね、本当にごめんなさい。
わかるはずが無い、というのを聞いてから、コツコツ自分で理解できるようになっていこうと思いました。これって自立的学習を促そうという講師の作戦なのかなぁ。
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