分かれ道
私は、会社を辞めたときは、アロマの学校に通うつもりでした。
諸般の事情があり、行かなかったのです。(行けなかったとも言う)
私には、まだ不必要だったのかもしれないと思っています。
お店をオープンの直前、直後はいろいろあり、場所の移転も考えることもありました。
当時、たくさんの分岐点があったのでした。
そして、その時期の体験の中で、お金だけが豊富にあったとしても、幸せや生きがい、やりがいを得られるものではないと身を持って知ることができたのです。
私の気持ちと行動でお金には困らない生活というのも選択はできるのだ、と神様が教えてくれたとしか思えない出来事もありました。
サロンオープンの頃は、ほぼ毎日朝からアルバイト・パートに入ってました。
このご縁はまだ続いていて、このおかげでオトクなこともあるので超ラッキーなのです。
このアルバイト経験で、私は狭い社会で生きていたことに気付くことができました。
私ったらアマちゃんのアホたれさんでした(゚△゚;)
学生の頃アルバイトをしていましたが、社会人となってからアルバイトをしてみて、自分が社会に出てから、正社員で勤務できていたのが、どんなに恵まれていたことだったのかを、骨身に沁みました。
会社という存在にどれだけ守っていてもらえてたのかは、頭で解っていたことと、体感することは違いました。
そしてアルバイト、パートで社会を支えている人々の多さとその仕事ぶりに、感謝の気持ちが心から湧き出しました。
会社を辞めることに反対してくれた人にも感謝、自分のやりたいことをしたほうがいいといってくれた人々にも感謝の気持ちを感じましたし、親にも改めて感謝の気持ちをヒシヒシと感じたのです。
学校に勤めて、ある程度安定した金額の月々のお金を貰う生活も、大変ながらやりがいもありました。学生達と関わることは私は好きでした。
それでも、あの時の私はサロンをするしか無かったんだろうと思うのです。
先のことに想いを馳せると、もしかしたらサロンという仕事でなくても、私は何らかの役割というものを楽しんだり、歯を食いしばったりしながらでもやっていくような気がしています。
将来の私は、今の私が作っているのでしょうね。
ただ、「経理」だけは無いような気がしてますけど( ̄ー ̄)♪
あったら、どうしよう(((( ;゚Д゚)))ヒー!
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コメント
ワカメさんの計算高さは、お姉さまのスパルタゆえ培われ…
ですな
お姉さまの愛に感謝
餅は餅屋で、経理は専門家に任せます。
でも、ホントにいざとなったら自分でこなしちゃうかもしれませんね
投稿 arust | 2008-06-24 18:27
経理もどうにかなるもんですょ。
知識ゼロ
経験ゼロ
でしたが、周り(姉)のスパルタ学習で日商簿記3級とれるところまで成長しました。
お陰で計算高いマノワカが誕生しました(ウヒヒ♪)
投稿 manowaka | 2008-06-23 09:01