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著作続き

授業の時は、全員の目を見ること。

私の中の決め事。

目を合わすことを好まない子もいるので、無理やり目を合わせたりはしませんけど。

私はその子と関わりたいという意思表示を伝える。

それが全員の目をみるという行動です。

瞳の奥のその人。

講師がそんな話をしてくださったのですが、この著作の中にもその一文がでてきます。

私の父が死ぬ前に2日だけ意識を取り戻した日があった。

最後に父と目を合わせたとき、不思議な視線だった。

私を見つめているのに、私を透かして私の後ろを見ているような視線。

父の鳶色の目はとてもクリアで夏の空が反射するビー玉のようだった。

私の目の前で、その瞼を閉じた父は、その後私を見つめることなく、1ヵ月後に息を引き取りました。

その時は、父の最後の不思議な眼差しの意味がわからなかった。

瞳の中に、私の父は居なかった。

もう父はその時には、既に居なかったのだろう。

瞳の中に、生きようとしている人はもうどこにもいなかったのだろうけど、その時の私にはわからなかった。

父が目を開けてくれたのは回復しているのだ、明日はきっともっとよくなるのだと信じていた。

だから言いたかった言葉は、父が治ってから伝えようと思っていた。

父が生きているうちには、父には届けられなかった。

伝えたかった言葉。

父の死後、セラピストの助けを借りてその言葉を発することができたのは父の3回忌を過ぎてからでした。

「瞳の奥のその人」

父の眼差しの意味はずっとわからなかったのですが、その意味もこの本を読んで理解したことでした。

これからも私は瞳の奥にいる人にたくさん出会っていくのでしょう。

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