分かれ道

私は、会社を辞めたときは、アロマの学校に通うつもりでした。

諸般の事情があり、行かなかったのです。(行けなかったとも言う)

私には、まだ不必要だったのかもしれないと思っています。

お店をオープンの直前、直後はいろいろあり、場所の移転も考えることもありました。

当時、たくさんの分岐点があったのでした。

そして、その時期の体験の中で、お金だけが豊富にあったとしても、幸せや生きがい、やりがいを得られるものではないと身を持って知ることができたのです。

私の気持ちと行動でお金には困らない生活というのも選択はできるのだ、と神様が教えてくれたとしか思えない出来事もありました。

サロンオープンの頃は、ほぼ毎日朝からアルバイト・パートに入ってました。

このご縁はまだ続いていて、このおかげでオトクなこともあるので超ラッキーなのです。

このアルバイト経験で、私は狭い社会で生きていたことに気付くことができました。

私ったらアマちゃんのアホたれさんでした(゚△゚;)

学生の頃アルバイトをしていましたが、社会人となってからアルバイトをしてみて、自分が社会に出てから、正社員で勤務できていたのが、どんなに恵まれていたことだったのかを、骨身に沁みました。

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巡る巡るよ時代は巡る

学生で、自分の母親がエステティシャンをしていた、という子の話をきいて、時代の流れを感じてショックを受けてました。

私が、エステティシャンとして就職する時は、リクルート雑誌にはですね、募集職種:全身美容師 とかかれていたのですよ。

全身美容師ですからね!(゚◇゚;)

全身美容師になる、と言ったら、美容師免許あるの?などと言われました。

母親がエステティシャン、なんていう友人は1人もいませんでした…。

エステティシャンではなく、よくエステシャンとも言われてましたっけ(´・ω・`)

時代を感じて、郷愁に1人浸りました。

しかし、私がとっとと女子を出産していたなら、そろそろ娘がエステティシャンになりました、という年齢なわけですわ。

は~ε=( ̄。 ̄) どうも想像つかないです。

無駄に時間を過ごしてはいけませんね。

ウカウカしてると、時間はすぐ過ぎてしまいますcoldsweats01

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年齢

私が20代の頃、仕事と研修を兼ね、休日に自分のお小遣いで指圧によく行ってました。

当時、アロマトリートメントサロンというものは、私の知る限りでは存在しなくて、エステサロンも会員制以外はほとんど無かった時代でした。

自分の勉強のために自分の身体のツボや、快、不快を感じる場所を知るためには指圧、マッサージに行くのがてっとり早かったです。

印象に残っているのが、とある温泉街の近くのマッサージ屋さんに行ったときのことです。

施術してくださった女性は、背中の曲がった小柄な、80代くらいのお婆ちゃん(のように20代の私には見えた)

小さく華奢で、かなりのご高齢、しかも畳に敷かれた布団の上での施術ということで、(きっと撫でるような圧の無い施術かも…)と、一抹の不安を覚えたのです。

ところが、なんの何の。

この方、細い指がピンポイントで的確です!ツボに入る入る!(゚◇゚)キクー!

しかも指の皮膚が薄く柔らかくて、ふわふわなのです。

心地良いです。

そして、丁寧に細かく押圧してくれます。

感動して、大満足で帰宅しました。

次にそのお店で予約を取って伺ったら、次は男性の担当でした。

満足でしたが感動というほどではなかったのです。(丁寧にしてくださいましたが、私には感動が無くて…すみません)

その後、なぜか、その指圧屋さんに行くことはなかったのですが、20代だった私は、年をとっても仕事はできる☆('-'*)と刻み込まれたのです。

指圧でなくてアロマセラピストな私ですが、いくつまで、できるのでしょう。楽しみです。

生涯現役でいられたら、理想ですね。

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生きていけてます

私は大金を落としたのです。

30万円ほど入ったお財布です。

海外旅行に行くので、旅行会社に持って行くために、銀行から引き出したばかりのお金でした。

落としたのに気が付いて、通った道を探してみたけれど無いのです。

諦めて、その日に行く予定だったテニスレッスンに行きました。

こういう潔さが、自分のことを自分でもけっこう好きなトコロ。(自画自賛中)

落としてクヨクヨしてても仕方ないから、前から楽しみにしてたテニスレッスンを楽しもう♪と考えたのです。

テニスレッスンの時間にはすこし遅れて到着し、財布のことがすこーし気になりつつもレッスンを楽しんでから、帰りに自宅近所の交番に寄りました。

そしたら、届いてたんですよね。

看護師を目指しているという、奇特な高校生が届けてくれてました。

それ以来、その学校の出身の生徒さん=正直で優しい生徒さんと刷り込まれております。

そのおかげで素晴らしい旅行に行くこともできました。

何年も前の過去の話なのですけど、困ったときは一度頭をクリアにしてみるといい結果が待ってることもあるのかもしれません。

ボケボケな私は、免許証を落としたこともあります。

そしてこの時も、奇特な短大生さんが届け出をしてくれていました。

世の中イイ人が多くて、ボケボケな私も何とか食べていけています。

ほんと、周りの人のおかげさまで、生かされてると思います。

ありがたい♪(゚◇゚*)

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向いてないのでは

私が、自分以外の人のことでセラピスト系の仕事には、向いてないのではないか?と思ってしまった人々のことです。大きなお世話って話ですが。

約束を守るという姿勢が、一般的、大多数の人よりも、かなり甘い所があるように思える人がいました。

自分だけ得をすればいい、という考えが顕著すぎると感じるところのある人もいました。

詳細は、書くことは避けます。私とは、離れてしまいましたから、ご縁が無くなってからは、どうなったのかは知らないのです。

それでもこの方々は、魅力のある人でお客様や、関わりのある人々からは支持され、愛されていたこともあったようです。

セラピスト系の仕事に向いてるであろうというのは、心身ともに健康が望ましいでしょう。

病気や、障害のある人は向いていないという意味ではないですよ。病に倒れたことがあるとか、入院していた、何かハンディキャップがあるなどの経験や、特質もも立派なキャリアや個性の1つで、同じような立場の方の気持ちや感覚に深く共感できるでしょうし、とても大切な要素だと思うのです。

ただセラピストが不健康だと、体力の要る仕事であり、健康を提供する仕事をするのには、しんどいだろう、と私は考えてますから、健康に気をつけることは大事です。

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覚えていること

会社に入ったときに、たくさんのことを教えてもらったのですが、一番覚えているのが、メモとペンをぽっけに入れておくこと、でした。

教えてもらったこと、学んだことを覚えておくためのメモです。

会社の研修はありますが、職場に入ってからは、知識や、技術のヒントや、マナーについてもメモをとりました。

一度、先輩達との練習会をすっかり忘れていて、先輩達が始業2時間以上前から出勤しているのに、ペーペーの私が普通に出勤して恥ずかしい思いをしました。

銀座まで、千葉や埼玉方面から練習会のために早く出勤してくれているのに、都内の会社の寮に入っていた新人の私が忘れてたのは、申し訳なくて情けなかったです。

それからは練習会、会議などの日程もメモを忘れないように気をつけました。

また、メモしていると、やる気あるな、コイツ( ̄ー ̄)と先輩受けも良くなるというオマケもあります。

あまりメモしすぎていると、頭に叩き込んで覚えなさい、と言われるというオマケがつくときもありますから、諸刃の剣な小技です。

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休みは取りづらかった

エステ会社では、お休みが取りづらいところが多いかもしれないです。

今は派遣会社に登録しているエステティシャンもいるので、私が会社にいた頃よりはお休みも取りやすくなっているのかもしれません。

私のいた会社では、仕事の日は、「体調が悪くても這ってでも来ること、あなたの代わりはいない」ということでした。

体調が悪くてお休みしたくても、とりあえず会社に来たら落ち着くこともあるし、病院に行ってもらうこともあるから、まず来なさい、とのことでした。

他の人からは、「具合が悪い、と思ってもとりあえず、出勤準備をしなさい。メイクをして服を着替えて出勤準備をしたら、大丈夫になることもある。」と聞いたこともあります。

2ヶ月先くらいまで、予約のビッシリ詰まったサロンに配属でしたし、スタッフも30人くらいいる大型店でした。

コースによってお客様の予約時間も違います。

そして、スタッフもフェイシャル、ボディ、脱毛とできる技術、できない技術がばらばらです。

フェイシャルスタッフ、ボディスタッフ、脱毛のスタッフ、フェイシャルとボディのできるスタッフ、ボディと脱毛のできるスタッフ、フェイシャル、ボディ、脱毛のできるスタッフ、フェイシャルスタッフだけれど機械を使うコースはできないスタッフなどが所属し、日によって出勤は違います。

予約表は複雑怪奇、予定外に1人が休むと予約を、テトリスでもするかのように、組み合わわせ直すのです(´・ω・`)

この予約表を一目見たときから、「絶対に休めない(;´△`)」と思いました。

どうしてもお休みせざるを得ない時は、自分でお客様に事情を話してお詫びしたり、自分の空いていた時間にご予約を取り直したり、元々公休のスタッフにお願いしてお休みを代わってもらってました。

お客様もいろいろお時間の都合をつけて、予約の時間にお越しくださるのですから、いただいた予約時間をお店の都合で変更していただくのは申し訳ないこと、ということです。

ですから、体調を整えることは、とても大切なことなのでした。

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入社式

4月1日は入社式の会社も多かったのでしょうか。

私は、約20年前に入社式がありました。

ココを読んでくれているであろう同期の方々、覚えていますか、雨の中をてくてく歩きましたね。

そしてお寿司を皆で食べましたねjapanesetea

アホな私は社長や専務のありがたいお言葉は覚えてなくて、お寿司食べたことくらいしか覚えてないのです┐(´。`)┌

多分、他の同期たちが新生活や新社会人として熱き思いを抱えていたのでしょう。

だが私は、とても綺麗な同期たちにの中で、目の保養をしてました。

(おお、やはりエステティシャンを目指す人々はセンスのよい綺麗な人が多いのね~lovely)などと考えてたのは覚えています。アホアホですgawk

当時の同期の人達も、今も当時の会社で働いていたり、自分でお店を出したり、インストラクターになったり、エステ会社の裏方をしていたり、アロマセラピストしていたり、積み重ねたものを活かして仕事をしている人達もいます。

私にとっては、大事な思い出のエステ会社時代でした。

泣いたし、怒ったし、傷ついたし、傷つけたし、土下座もしたし、闘ったし、無気力にもなったし、また復活もしたしsmile

そして、今の私に繋がる大事な歴史の1つです。

今年の新入社員さんたちも、10年後、20年後に、今の仕事を糧に、充実した人生を歩んでいかれますように。

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あひるさん

この間、2歳の頃の記憶がある、という話を書きましたが。。。

その後、母親と話す機会があり、2歳前かもしれない記憶が蘇りましたよ。

尾篭な話で恐縮ですが、おまるの記憶があります。

あひるさんのおまるが好きだったのに、トイレを使うようにトレーニングを受け、おまるのあひるさんとのサヨナラが寂しかった記憶がなんとな~くあるのです。

その後あひるさんは、弟が使うようになった頃に、再会できました。(実はおニューのあひるさんだったかもしれないです。)

そのうち、生まれたばかり頃の記憶が蘇る…もしくは、胎内記憶が蘇る日も近いのかもgood

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私はよく人にも言うのですが、20代の頃は、ちっちゃいちっちゃい井の中のさらにちっちゃい蛙の、ハネッカエリだったと思います。

蛙に失礼かもしれないですね。。。

30代になって少しずつ社会人らしくはなっていった気はします。

40代を迎えまして、仕事を心底楽しめそうな予感がしてますtulip

なぜに、こんなことを思い出したのかと言うと、心無い話し方をする人についての話を、ある方としていました。

(言葉の使い方が上手くない、表現力が未熟なのは)若いからまだ仕方ないわ、その方は話しました。

あー、私もきっと20代の頃、言われてたかもしれないbearingと、反省しきり。

40代では、若いから仕方が無い、ってわけにはいかんでしょうなあ。

気をつけたいと思います。

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目標に対して

あるお仕事での、今年度の目標が、達成しました。

嬉しいです。

1人ではできないことでしたので、周りの支えてくださった方々に感謝の念でいっぱいなのです。

ところで私は、エステ会社時代に叩き込まれたせいか、今でも「目標は達成すべきもの」「目標=必達」というスリコミがあります。

それは、いいのかわるいのか、今の私にはわからないです。

学校時代は検定100%合格を目指した授業で、オニと呼ばれたこともありました。

当時はオニでけっこう、君達が社会に出たときに、社会人は学生より楽じゃん、と思ってくれたまえ、くらいに考えてました。

オニと呼ばれようが、履歴書に資格を増やして卒業してくれたほうがどんだけタメになることか、とも思ってました。

当時の学生達が頑張ってくれたので、ある検定ではホントに全員合格してくれたんですけどね。

自主勉してチームで勉強したり、こういう授業にしてくれたら自分達も面白いと提案してくれたり協力してくれてました。

でもなー、つまらない授業だったかもしれないなーとか、彼女達ホントにしんどかっただろうなーとか、人間味が無かったかもなー、って、今でも思います。

ある検定では、1人だけ不合格になってしまってその子は辛かっただろうし、その後再挑戦するとは言わなかったので、その科目に対して嫌悪感を持ってしまったのかと思うと、その子の人生にとっては検定に合格することよりも、興味関心を持ってもらうことにとどめておけばよかったのかもしれないと思ったりします。

そんな経験をして、目標=必達でなくても幸せに生きる方法はいくらでもある、くらいに自分をゆるめることも必要なのだろうかと、迷い中なのです。

とにかく、目標に対して、張り合いを持って日々生きていけるように、ゆとりを持って来年度もやっていきたいものです。

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記憶のこと

私は2歳くらいの記憶から、覚えています。

もう断片的になってますけどね。

世の中の人々の意識できる最初の記憶の年齢というものは、バラバラなのだとわかったのは30歳前です。

えー、そうなのかー!(゚◇゚;)というミニショック。

2歳の頃を覚えている、というと、驚かれることがよくあります。

驚かれることに、私は驚いたのですが。

幼い頃の私は、オトナは、何を話しているのだろう、と思って大人の会話を聞いてました。

理解できる語彙がまだ無いので、断片的にしか会話の内容はわからなかったですが、いつかは私もオトナ語をわかるようになるのよね~、と思いながら大人達の会話を聞いていたのを覚えています。

子供だからわからない、ではなくて、子供だからこそ言葉以外で理解する感覚は言葉に頼るオトナよりも鋭くて、ココロというか意思、気持ちは伝わってくような気がしてます。

幼児や乳児は、意味のわからない声を発していますが、彼らは意外といろんなことを知ってるのでしょう。

語彙がまだ無いし、大人と同じ表現方法ではないので、わかってもらえないですね。

私が幼い頃、覚えていることでは、オムツからパンツに変わったばかりだったかくらいの弟のオシリが桃みたいでキレイだったので、パンツを下ろして見つめていたら叱られました。桃みたいでキレイだという主張も当時はできませんでした。

親からしたら、弟のズボンをずらしてオシリを見つめている幼児は、不思議といか、ヘンな子( ・Д・)?だったのでしょうね。

私は自分の子供がいないのですが、最近は知人のお子などを観察してると面白いです。褒め称えると鼻ふくらませて、にっかりする赤さんがたまらん可愛いです(*´ェ`*)ポッ。

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銀座のサロン

のみさんの講座で知り合った方のサロンにも、上京中に立ち寄りました。

銀座メルサ内のアバンダンスさんです。

授業の実技中にお互いの身体を触るのです。

背中を触ってもらった時の手の感触が、「お♪(・。・*)」という感じの方でしたので、お忙しいところ予約をいれてもらっちゃいました。

私のツボどころにピタ!とハマル素敵な指の持ち主なセラピストさんで、大満足でした。

昔、銀座に勤めていたので、懐かしくもあり、少しギンブラ(=銀座をブラブラと歩くこと)しました。

不思議なことに、方向音痴な私ですが、ビルが変わり、風景が変わっているのに、なんとなく歩いていると勤務してた所にたどり着いたのです。

私が昔勤めていた会社のビルは、ゴージャスなブランドビルに建て替えられていました。そのビルのそばには、先輩たちに頼まれてお弁当を買いに走った当時の路地はしっかり残っていて、なんとなく嬉しかったです。

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エステやセラピストとしての就職

思い出に残っている学生の就職の話です。

容姿端麗、成績優秀、性格も言う事なしの子なのに、なぜか受けるエステ会社に連続で何社か落ちてしまう学生がいました。

どうして不採用だったのか、今もって私にもわかりません。面接練習でも特に問題が無いのです。人間関係も良好でした。

私以外の他の先生方もどうして彼女が落ちるのだろうと首を傾げていました。企業さん側から不採用の理由は伺うことはできませんでした。

私がエステティシャンで採用されたことよりも、彼女が採用されるほうが、100人納得するでしょう、というような素敵な学生でした。

結局はちゃんと採用をいただける会社に出会うことになったので、良かったのです。

そうかと、思うと、遅刻する、成績も芳しくない、敬語も上手に使えない学生が一発で他の学生も羨むエステ会社への採用が決まったりすることもありました。

また真面目で、美人さんで、早々に当時は名の知れたエステ会社へ就職が決まっていたのに、卒業前にエステ会社自体が倒産してしまったこともありました。その学生は、卒業前に別のエステ会社への就職ができました。

そういう事実を何件も見ていると、採用っていうのは、「ご縁」もあるとしか思えなくなりました。

不採用になったからと言って、自分が人間として何か足らない、と落ち込む必要は無いように思います。

ただ、不採用だったという事実から目を背けず、今いちど自分のことを見つめなおしす作業をしていくと、その後、自分にとっていい職場にめぐり会えるように感じます。

正直、落ち込む暇は無いですよ、とも思います。学生達の就職にかける必死さを見てると、落ち込む暇があれば面接練習でも、履歴書を丁寧にわかりやすく書く練習でも、採用試験の勉強でもする時間に割いたほうが有益な気がします。

放課後残って遅い時間まで、泣きながら履歴書を書く学生も、何度も何度も面接練習をする学生も見てきました。そしてそれに付き合う、支えているその学生の友人たちの姿もそこにありました。

そこまでしてないのなら、落ち込む暇は無いのですよ、と思います。

就職活動をするということは、自分自身を飛躍させるというまたと無いチャンスになります。

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石(パワーストーン)で作っていたブレスレットの糸が今日、切れました。

このブレスレットを申し込んだのが、2年ほど前でしょうか。

ある出会いで、とっても素敵な人が腕につけていらしたキレイなブレスレットを見て、話しかけたことがきっかけでした。

その素敵な方のご紹介から、まだ勤めていた頃に作ったものでした。持ち主の願いを叶えてくれたり、守ってくれたりするのだと聞き、いつもなら、アヤシイ…騙されそう( 'ェ')と思う私がなぜか身に着けてみたいと、自分のお金では初めてのブレスレットを買うことにしました。

指輪、ブレスレットなどの手の周りのアクセサリーは、社会人になってからは仕事の時に邪魔になるので、自分で買ったことは無いです。また買うつもりも無かったのですが、その時は即答で買いたいと申し込んでました。

不思議なタイミングでした。

心の緊張、感情の乱れを調節し、安定に導いてくれたり、コミュニケーション力アップ、富と平和の石と、感情コントロール、疲れた心の癒し、霊性や感性の向上に役立つ石で作ってくれたものです。(石については私は良く知らないので、説明書を要約しました)

最近は、仕事柄お客様の施術など接客や、水を触ることが多いので、もう腕にすることはなく、たまに満月の夜にベランダに干すことはあっても、ほとんど、引き出しに入れたままだったブレスレットでした。

ブレスレットの糸が切れる時は、願いが叶ったり、身代わりになってくれた時らしいですね。

糸が切れて、床に落ちた石を拾いながら、このブレスレットを身に着け始めたあの頃に、欲しかった生活や、望んだものが手に入っていることを実感していました。

スゴイなー。

ホントに叶っちゃうんだなぁ。

私は幸せですよ。ありがとう。

いいこと日誌にも、書きました。

大好きな石なので、土には埋めず、満月光で浄化して、これからも大事にしたいと思います。

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夢があるなら

夢や目標を持ったり、何かやりたい、と思って、人に相談したときに、

「やらないほうがいいよ。」

とアドバイスされて、納得したり、諦めてしまえることなら、したいと思わなくても良かったことなのだ、という話を聞きました。

今は、その話を聞いたことが自分の支えになってる所です。

最近、何かの話をした時に、「やってみてダメだったらどうしよう、って思わなかったのですか?」と聞いてもらったのです。そう聞かれて、ふと気が付いたのです。最近はダメだったらどうしようって考える事の割合が少なくなったように思います。

ダメだったらと考えるイメージでは無い、のかもしれないです。

自営をされている方々の仕事のお話も聞かせてもらったからでしょうか。

会社を辞めるときは、私には自営はムリ、営業がムリ、収入が下がって生活レベルが下がることには耐えられない、将来の安定性が無い、年齢もやりなおしがきくはずがない、お客様も来てくれなくて、貯金だって使い尽くしてしまうかもしれない、失敗したら生きていけない、と充分ダメだったらどうしようを考えたのです。

怖かったです。会社辞めるの(´・ェ・`*)

なのに、なんかダメなことは無くて、楽しいのです。

なんとかやっていけることが本当にありがたいです。

多分考え方が変わりつつあるのでしょうね。ダメだったという漠然としたものではなくて、デメリット、メリットに分けて判断していくことと、対策を考えて実行してたら、こなせるものだと実感しています。

メリットはやりたいこと、やってて自分が自信をもてたり、楽しかったり、充実感を感じること、収入に結びつくことは取り入れるのに躊躇が無くなっています。

失敗してもやり直せると、なんとなく信じてる感覚があります。

もしかして自営業の方って、「ダメだったらどうしよう」って元々あまり思わないものなのでしょうか?まだまだ開業1年目なのでわからないです。

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在りし日の

夏蜜柑だったのかな。

在りし日の柑橘の木。

  

Arisihino

今日、外に出たら近所の柑橘の木が切られていました(>_< )

木のあった場所全てを取り壊ししてしまうようです。

春頃の風向きの絶妙の日は、生ネロリの香りが、当サロンの玄関ドアの付近にただよっていたのですが、残念です。

このあたりは、最近どんどんと新しい建物が出来上がっています。

当サロンも、建ってから、まだ新しい物件でした。環境の変化のスピードが速いです。

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いりこ丸かじり給食

私の出身小学校は一時芝生が植えられていました。

最近は出身小学校に行くことも滅多にありませんが、たま~に通っても、手入れが大変なのか、芝生が無いような気がします。

運動会の時に下に敷くビニールシート無くても気持ち良かっただったんですけどねえ。

ところで、小学校の頃、給食にイリコ(煮干の細い奴)がでていました。

小学校3年生くらいから出るようなった気がします。今も出ているのかは不明。

カルシウム摂取量を増やすためだったのかなぁ、よく覚えてないけど。

しかも当時は給食は残しちゃいかん、という風潮だったので、頭からバリバリかっ食らうように指導された。(表現に誇張がございますので、心してお読みください)

パンの横にいつもちょこりんとイリコ3匹が横たわっていたものでした。

ボケ小学生で東京ではウルトラマンが暴れているはずと信じていた私は、全国津々浦々どこの小学校でもイリコはかっくらっているのだと信じていたのですが、そうではないようですね。

その後、給食時にイリコを食べてないというクラスメイトに出会った気がします。

ポンジュースは給食に出てましたが。週に一回です。

今はあるのでしょうか?

ポンジュースご飯と言う給食は食べておりません。

また、小学校の授業の2間と3間目の間に、目の体操という時間があり、目のツボ刺激をしておりました。

仮性近視の子が改善したとかなんとか報告を読んだような気がしますが、何も考えていない小学生の私、メガネかけてるのはカッコいいくらいに思ってました。視力の回復ちうことにありがたみも何も感じていないボケ小学生、そんな報告のありがたみも感じずに日々ぼーっと過ごしていました。

小学校の先生に、睛明や、四白のツボを「痛気持ちいいのが、いいのよ~。」とぐるぐりされた遠い思い出。痛気持ち良いのでなく、痛かったですよ、先生。ボケだし、表面いい子なのでされるがままでございましたが。

当時、ランドセルを学校に置き忘れ、下駄箱で跳び箱して捻挫をするような、ボケ小学生だった私は痛いということは気持ち良いことなのね、と危うく自己ログに記録するとこでした。

自分の睛明やら、四白を押していた小学生が、今やセラピストって、これぞ運命?サダメ?

いや、多分、そんなの関係ねー、なんだと思う。

おぱぴ。 Opapi

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撮影

広告用の撮影のお話。

以前、お勤めしていた頃も、撮影がありました。

その頃って、受身だったなぁ、と今になって思うのですね。

こんな感じでいいですか~?というカメラマンさんや取材者の意向を聞きながら、立ち居地を変えたり、手を動かしたり、笑ってみたりしていました。

今になって思えば、当時も、もっと自分の意思を出して、撮影に積極的に参加しても楽しかっただろうし、良かったのだろうなぁ、と反省しています。

自分のサロンの撮影だと自分のサロンのイメージを出したいので、細かく注文したり、特に最近ありがたいことにデジカメですと、すぐチェックさせてもらってこうしたい、ああしたい、と意思を伝えることができます。

あの頃も、広告にももう少し積極的に参加する姿勢を持っていたら、今のキャリアに繋がったのだということを実感しています。

今後は、自分のイメージや考えを上手に表現していくことに気を配りたいと考えました。

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刷り込み

私がエステ会社に新卒と入社し、初出勤の日に最初に教えられて覚えたことで、今もどうしてもやってしまうことです。

エレベーターを使って上階のサロンまで上がったら、降りる前にボタンを押して必ず1階のに下ろしておくこと、でした。

大型店舗で40人だかそれ以上だかのスタッフがいた店舗でしたが、エレベーターは1つしかありませんでした。すると、たいてい多くのスタッフが朝は同じ時間にエレベーターでサロンまで上がりますから、朝は必ず1階に戻すことを躾けられたのでした。

朝、急いで出勤した時に、エレベーターが上階で止まったままだと待ってる間がもどかしいですもの。

他のテナントさんの出勤時間は、ずれていたような気がしますので、私がいた会社がエレベーターを1階に戻すことに何の支障も無かったのです。

それを教えてもらってから、すでに四捨五入すると20年程過ぎたのですが、今でも夕方エレベーターを使用して上に上がった後は、エレベーターは1階に戻します。疲れて帰ってきてエレベーターが1階にいてくれれるとささやかに嬉しいですので。

その他たくさんのことを教えてもらえた初店舗でしたが、他のスタッフたちへの思いやりを持ち、形に示すことというのも、このエレベーターの1件から刷り込まれていったように思います。

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言葉と想い

お越しになるたびに、ご主人の不満を話すお客様だった。

毎回お手入れの途中に話すことは、ご主人はマザコンである。自律性が無い。親としての自覚がなく育児に非協力的である。どれだけご自分が大変なのかということ、離婚したいということ。

お手入れに来るたびに、夫に対する不満や怒りをお話になる。

結婚というものが、何なのか全く解らない私は、ただ相槌を打つくらいしかできず、アドバイスも何もどうしていいのか、解らない。

そんな彼女が、ある日「でも、夫も外で辛い思いしながら仕事してきてくれてるのよね…。」とつぶやくようにおっしゃった。

私は驚いて、その言葉はご主人に伝えたことはあるかと思わず伺った。

一度も伝えたことは無いと、首を振る彼女。

その言葉ご主人にお伝えになったらきっと喜ばれるでしょうねと私が言うと、彼女は子供のような表情ではにかんだ。

そして、「私たち家族はね…。」と私たちと一括りにして、ご主人を含めて家族の話をし始めた。

その後のことは記憶に無い。

その後私は転勤したのか、彼女がサロンに来ることが無くなったのかよく覚えていない。

今もあの当時のご主人と仲良くされているのかしらと、ふと思い出すことがある。

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失われた記憶を求めてないけど

何で一気に3つも記事をアップしているかというと、激しく逃避行動なのです。

立ち向かってません。人のこと言えません。会計ソフトで行き詰まったからです。そしてホームページビルダーでもつまずいたからです(/ω\)

自分のお仕事ですしね、自営で今は零細ですからね、誰にも代わってもらうことはできないのですよ。

今朝は松山地方ではカミナリが鳴って雨が降り、気温が下がったような気がします。夕方鳴くセミの声も変わってきました。夕方の涼しさも心地よくなってきました。

自分の汗臭さが気になるときは、ラベンダーか、ラベンダーとレモンのスプレーをシュッシュッとするのが好きです。頭にかけておくと意外と時間が経っても、ふとしたときにほんのりラベンダーが香って心地よいです。

ラベンダーの残り香は大好きですねえ。私にとっては蒼い風のようです。

当サロンでは、トリートメント時にはラベンダーが不人気で、トイレの芳香剤を思い出す、家にもあるからせっかくのサロンでは別の精油を使いたいなどの理由が多いです。トイレを思い出すって香りと記憶の関係はさすがに強いですね。

トイレの記憶では、祖母の家がまだ汲み取りだったころの話です。

冬には芳香剤代わりなのか、祖母は自宅の庭に咲く水仙をトイレ内によく生けてました。

その頃の記憶からか、水仙の香りは苦手です。インドールスカトールの強調された香りが涙腺さえも刺激する当時の記憶が蘇る…。しかも汲み取りトイレは幼い私には緊張を強いる恐怖の小部屋…。

水仙の姿は、凛としてて好きですけど、いまだ私は自分のお部屋には生けられません。これからもきっと(((( ;゚Д゚))) 

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手が変わる

エステ時代の話。

先輩スタッフAさんが退職した。技術、気配りともに上手だと評判のスタッフだった、留学したいというのが退職理由だった。

Aさんが退職して、しばらくしてから、とあるお客様と話したこと。

「Aさんを最近見ないけど、辞めたの?」

私は退職したことと、お世話になったことのお礼を述べたように思う。

すると、お客様が彼女が辞めることはなんとなく予感があったのだとおっしゃる。

ある時、そのスタッフの手が変わったのだそうだ。

何かわからないけど、手が違う。

気持ちが入ってこないような、心ここにあらずというような。

当時の私は、お客様ってすごいなぁ~、と半ば呆けるようにその話を聞いていた。

その話を聞いてから何年も経ってから、私もたくさんの方々の施術をうけさせてもらうようになった。

あの当時のお客様のおっしゃっていた意味が、実感としてわかる時がある。

この仕事の面白みであり、怖いところでもある。

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思い出

がははは…!

豪快な笑い声。

黒く日焼けして、手は一生懸命に仕事をしてきたのであろう、すっかりしわくちゃ。

長く肉体労働をしてきた人の雰囲気を彼女は全身から発していた。

パソコンなんて全然できなくてねー、やったこと無くてさ、この年じゃ新しいことなんて、皆目わからないわよ。

と、笑いしながら話してくれる年配の女性。

お手入れしながらも、元気にお話してくれる。最近慣れ親しんだ会社を辞めて、話す相手が家族だけになっていたそうで、他人と話すのは久しぶりだそうだ。

彼女が言うには、幼い頃から恵まれた環境で裕福に育っていたが、中年期にさしかかる頃に、結婚した先の家業が傾き、実家も同じく家業に翳りが見え始めたため、生活の支援をあてにできず、彼女は勤めに出ることになったらしい。

蝶よ花よと育てられ、地元の名士の奥様としての暮らしから、突然の環境の変化を迎え、馴れない勤めで辛いこともあっただろうに、従業員みんなが優しくしてくれてねえ、上司も気を遣ってくれてたわ…と懐かしそうに話してくれる。

彼女が最近まで勤めていた会社もこのところの不景気のあおりを受けて縮小し、かなり従業員が退職していき、彼女も会社の状況を考えると残り続けるのがいたたまれず、退職の道を選んだのだという。

今まで、なんでもやったわねえ、清掃業者の方を経費削減で頼めなくなったから、従業員で広い職場を清掃することになって、私が責任者になっちゃってね。

ゴミの分別の担当をしたのよ。夏は、暑いし、臭いし、分別しない人もいる。あげくのはて私物の下着まで捨ててく人がいてね、困っちゃったわよ、あっはっはっは!!!

激動の人生を歩んだであろうその方は、とても豪快に、そして自然に笑い、こちらまですっきりと気持ちよくなる。

もうね、ずっと忙しくて、仕事終わったらくたくたで、今まで仕事しかしてこなかったの。

これから時間もできちゃったから、今までできなかったこと思い切ってやろうと思ってね。パソコンも買いに行こうと思うのよ。

どこにいけば買えるのかしら?うちに出入りしてくれてる近所の電気屋さんで聞いてみようと思うのだけど、売ってくれるかしら?

辛かったであろうことも、受け入れ、飲み込み、消化し、今、新しい転機を迎えてキラキラしている女性の心に触れて、エネルギーをいただけた気がした。

作り話のような、ホントの話のような、創作。

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手放して良かった

もう昔のことですが、お客さまのことで、印象に残ったことです。

失恋して、すっかり顔色も青白くなって通ってきてくれていた方が、ある日ビックリするくらい顔色が良くなっていらして、思わず「いいことありましたか?」と伺ってしまったことがあります。

すると、いつも無口なその方が堰を切ったように話だされたことには、失恋後落ち込んでばかりいてはいけないと思って、ある習い事を始めたら、そのご縁で知り合った方とご婚約されたのだそうです。

相手の方は金銭的にも余裕のある方のようですし、それよりなにより来店される度に美しくなっていく彼女からは、幸せな様子が垣間見えます。

その方をみて、手放すことでが、素敵なことが飛び込んできてくれることもあるのだわ~とシミジミと思いました。

とある方は、別れた昔の恋人と数年ぶりに再会し、また恋人に戻ったのだとか。

やはりご縁ってあるのねえ、とそこでまたシミジミです。

手放しても、本当にご縁のあるものは戻ってくるのでしょうし、役割が終わっていれば新しいことがまた始まる、もしくは自らに飛び込んでくるのかもしれませんねえ。

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卒業式

明日、というか、今日は以前お勤めさせてもらっていた職場の学生さんたちの卒業式。

彼女達を見送って、着物きたまま学生の居ない屋上で、同僚の先生と真っ青な空を見てたのがホントに昨日のことのようです。あー、私もココから卒業なんだなぁ、と思ってました。

1年って早いなぁ~。ほんとに開業しちゃってましたよ。

去年の彼女達もそれぞれの道を元気に歩いているようです。そのまた前の代の彼女達もそれぞれのペースで歩んでいます。

いつまでも応援しつづけています。出会ってくれてありがとう。

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勇気

今日偶然にとある人と再会しました。

私がこうして自分のお店を開くことを決めて、実行したのは、たくさんの勇気をもらったからです。

その勇気をくれた人たちのうちのお一人と思わぬところで再会しました。

思いを実行に移すには、私にたくさんの不安や怯えがあって、手放すものもたくさんあって、なかなか勇気がでなかったのですけど、気持ちを支えてくれた人たちのプラスの気持ちや言霊が勇気をくれました。

勇気は道を切り拓く、のかなぁ~、と今はまだうすぼんやりと考えております。

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同期の影響

新卒で配属された店舗が、技術好きな同僚や先輩が多かったように思います。

店長が昇格して別の役職者になったので、店長不在の店舗でした。

小柄だけど、ツボにピッチリと決まる手技をお持ちで指名の多かった副店長。

高い身長と大きな手を活かした手技のS先輩。

もっちりみっちりした手で密着感のあるダイナミックな手技をするM先輩。

ぷっくりしたやわやわの手で、ずっしりした手技をするK先輩。

きめ細かい心遣いと丁寧で的確な手技のT先輩。

オモシロトークで理論も面白く話し、几帳面な手技のAちゃん。

華ある魅力と、流れる華麗な手技のTちゃん。

スレンダーで楚々とした絹肌美人なのに、意外性ある爆笑トーク&強力手技のA先輩。

天然のフリをして、計算された高度なボケをかます柔らかい優しい手技のTちゃん等々…。

雑談の合間に、ココをこう押すとね~ほら~気持ちいいでしょー♪とか、この手技をこの方向に入れると、キクよ~、発見した~!!などと、ワクワクしながら話していました。

仕事の愚痴や、生意気なことも言ったりしてたけど、この人達が居てくれて私も頑張れたなぁと思います。今思い出してもみんな仕事熱心だったなぁ。

時々、当時を思い出しては、自分の仕事の参考にさせてもらっています。

もう17年も前のことだし、今はもうこの世に居ない同僚もいるけど、鮮烈な彩りある思い出です。

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不二家さん

会社勤めで上京して、同僚とパフェを食べに行って覚えているのが、不二家パーラー。

いちごのパフェが感動的に美味しくて、田舎での学生時代を送った私にとっては素敵なパフェだ~♪と嬉しかった。

当時の住まいの近くに不二家のケーキ屋さんがあって、あまりお値段は高くない上に大きなケーキで、お休みの時にケーキを買うのが楽しみだった。

不二家パーラーって、四国には無くて、私にとって新卒で上京して、馴れない生活の中でのホッとした思い出の1つになっている。

私にとっては懐かしの味なので、不二家さんいろいろあるけど、頑張って再建して欲しいな。

最近ずっと食べてなかったけど、ミルキーもカントリーマアムも安心してまた食べたいな。

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若いからわからない

寒かったり、歩きすぎると、ヒザが痛くなるときがある。

寝不足が続くと、いつの間にかシミが浮き出ていることがある。

学生時代、肩が凝るとストレッチ代わりにやっていた、イナバウアーポーズからのブリッジポーズは、バランス感覚、筋力、柔軟性の低下で、今となってはすることができない。

こういう時、あー、年齢が上がってきたんだなぁ、と実感する。

昔、お客様の接客中に、痩身方法をアドバイスさせていただいている途中。

お客様がポツリと「若いあなたにはわからないのよ。」とおっしゃったことがある。

もう、あんまりシチュエーションは覚えていないけど、痩身コースのエステをしている時、お客様は、私のアドバイスどおりに消費カロリーを増やすなんて、自分の年齢ではできない、と訴えたかったように覚えている。

その時の私としては、痩せたいっておっしゃっているのに、痩せるための行動はできないともおっしゃって、本当はどうしたいの…という悔しいような悲しいような気持ちと、若くないとできないことなの?と年齢を言い訳にされたような気持ちや、若いってダメなの?という否定されて困惑した気持ちだったように思う。

今となって、思い出してみれば。

当時の私は、痩せるために費やすことができるエネルギーがあった。

痩身のお客様が多かったので、自分の身体を実験台にするようなつもりで、痩せるにはどうしたらいいかを実行してみてた。それが仕事の一部だったから。

思い返せば、その頃の私は自分の仕事以外には、あんまりエネルギーを使わなくていい環境だった。

だんだん年齢を重ねるごとに、自分のエネルギーを分散させる方向が増えてくる。

自分の家族のこと、夫のこと、子供のこと、仕事のこと、具体的な将来のこと。仕事は責任が重くなる。子供は成長して母親とは別の人格として歩み始めていく。親は老いて自分と親との立場が変化していく。

自分の体と心は後回しにしても、自分の周りのために頑張ることも増えてくる。

そんな多忙な中でも、体型を美しく保ちたいとエステにトライして、小娘エステティシャンから痩身アドバイスをされても、彼のお客様にとっては、「もうこれ以上ムリ…(泣)」なお気持ちだったのだろう。

当時の私には、わからなかったこと。

今だから、そんなお客様に上手に接客できるのかどうかは、わからない。

ただ、そういう状況になることをも、身をもって知っているだけ。

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エステ 就職1

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エステ会社の過去話の多いブログで、申し訳ないですが思い出話です。

私は10年勤務して円満退社となりました。

私の同期で会社を続けている人は多分1人くらいなんじゃないかなぁ。エステティシャンの同期は私のときで100人以上居たような気がします。(忘れかけてます。)私の次の年は300人くらいだったかな。今はどのくらいの新卒を採るのかは知りませんです。

私の勤めていた会社のエステティシャンは全員女性でしたので、結婚や出産で一時退職したり、パート社員になる人も居ました。自分でエステの会社作る人も居ます。

ということもあり平均的に、エステ会社の社員勤続年数って短いはずです。

どの仕事もそうだろうとは思うのですが、エステ会社で長く続けられる人は、業務で何か好きなことが無いと続けられないようです。私は技術することが好きでしたけど、お客様が自分の勧めるコースや化粧品を使ってくれることにやりがいを感じる人もいましたし、いろいろなお客様とお話することが好きな人もいました。美容知識を知ることや化粧品が好きな人もいました。

ですから、何かこれが好きだから、やめられない!ってコトが1つも無いとつまらなく、もしくは辛く感じるんじゃないかなぁ~と思います。

エステに就職するかどうか迷っている人の疑問で、売り上げノルマがあるのかどうかについてよく聞かれるのですが、私はなんとも言えません。

アルバイトで行ってた所は、化粧品やコースの売り上げについては特に気にすることはありませんでしたが、自分の収入も下がります。

私の居たところはノルマというものはありませんが、目標金額はありました。その目標が達成できないのは工夫が足りない、お客様への観察眼が足りない、経営者意識が足りない、というような意識付けられたような気がします。管理者クラスになると会議で利益についてはコンコンと話をきくこともあったようです。

売り上げ目標があり、目標に達しないと利益が出ません。すると店舗経費が削られます。そしてお店を飾るお花代が削られたり、事務用品を買う経費などが削られたりしていきます。

最終的に利益が上がらない店は統合や、撤退、閉店となります。利益の出ない店は利益の出る店の社員より給料に差がつきます(と言われていたのですが詳細は実はよく知らない)

接客以外の業務も多いです。割り切るか、かなり効率よくこなさないと仕事は溜まります。

練習会もあります。新コースが出るたびに練習会、研修があり営業後や休日に練習することも多いです。練習ですから「残業」ではないので、残業代は出ません。

会議もあります。スタッフ達はシフト制出勤で、遅番や早番があり、営業中はほとんど個室に入ってしまいますから、朝出勤して夜の終礼まで会うことがないスタッフもいます。ですから、

スタッフ間の連絡や知識をまとめるためには、早朝や営業後のミーティングもあります。それが無いと、連絡が行き届かず業務に支障をきたすからです。

体調が悪くても予約をお断りするとお客様にご迷惑がかかります。予約をいただく仕事ですから、欠勤、遅刻は厳禁です。お休みをいただいた翌日の朝礼では、休まず働いた社員に感謝の意をあらわすのが慣わしでした。(店舗によります)

どーしても体調が悪くて、スタッフが休まざるを得ない、代わりの人員もどーーーーやっても出ない時、お店からお客様にキャンセルをお願いします。その場合、次のご予約を優先的に取るように配慮をしますが、なかなかお客様たちも忙しい方たちが多く、既に何週間も予約は既に埋まっているので、優先予約は入りにくく、一度お店からキャンセルをお願いしてしまうと、お客様の不安や不満に繋がります。ですから、最大限予約をお店からキャンセルをお願いすることは避けます。ということは体調不良でも笑顔でお仕事することはよくありました。

利益を上げ、企業は成長します。

利益を上げることでお客様に還元し、スタッフも潤い、お互いが満足し合える関係になるのです。

しっかし、そんなに簡単に利益が上がるというわけでも無い時もあるのです。

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エステ 就職2

私は自分でも不思議なのですが、一番やりたくない仕事は接客業だったのです。本来は人見知り気味ですし、人を笑わせたり、楽しませたりって苦手な方です。

学生の頃、「あなたが将来一番やりたくないと思う仕事は何ですか?」という質問に即答で「接客」と答えたら、一番やりたくない仕事は一番関心を持っている仕事ですから、その仕事に就くでしょう。と答えが返ってきたことがありまして…、当たってたのかもしれません。

私はたまたま、楽しいと思える仕事に巡りあってしまったのですけど、エステ会社への就職は、体と心にかなり負担がかかる人もいるのかもしれません。

もう15年以上前なので時効でしょうから書きますね。

新卒の時の研修中には、夜逃げした人が居ました。

研修中は当時は3人部屋でしたが、朝起きたら布団敷いたまま一人居なくなっていたそうです。布団の下に、ゴミを残したままだったそうです。

心が病んで、療養を勧められ、退職した人も居ました。

私と同室だった人も夜逃げしました。いろいろあって、会社にだったかお店のスタッフだったかに不信感を持ってしまったことと、体力が持たなかったようです。

腱鞘炎になったり、腰、ヒザを痛めて退職する人もいました。

売り上げに苦しんで、心を傷めて一時引きこもり状態になってしまい、出社できないような状態になった人が居たという話も聞きました。

希望勤務地に転勤させてもらえるということで入社したのに、転勤ができず辞めた人も居ました。

夜遅かったり、不規則な勤務に親御さんが反対されて退職した人も居ました。

急なスタッフの退職で、休み返上で働きすぎて、心と体が壊れてしまった人もいました。

上司と合わないという人もいたようですが、これはどこの職場でもある話かもしれませんが、売り上げ管理、顧客管理、スタッフ管理で業務が多すぎてバランスを欠いた上司の下でターゲットになってしまったスタッフもいたようです。

それと…、エステ会社に入れば自分がキレイになる、とだけ信じていて、基本は接客業であることを納得できない人も辞めていきました。

ストーカーにつきまとわれて、身を隠すためにいきなり退職した人もいました。当時はストーカーと言う言葉も無かったのですが、彼女はその後大丈夫だったのでしょうか。

この仕事って長くする仕事じゃない、と言って去った人も居ました。

望まぬ勤務地へ転勤してそのまま希望勤務地には帰ることができずに辞めた人もいました。(知識、技術、マナーを身につけるまでに時間がかかるので、募集して応募があっても新人が勤務するまでに最低でも数ヶ月はかかるため、人手の足らない所に配属になるとなかなか動けない)

私はたまたま転勤も苦にならず、技術が好きで、新しい技術のことを知るのが好きだから、会社から戴ける知識と技術はガンガン戴こうと舌なめずりするタイプでしたので、練習会があまり辛くなかったし、肌が変わったり、毛が無くなってきたりという効果が見えることに燃えるタイプだったこと、お客さまが好きだったのでしょうね。嫌なこと辛いことが我慢できて会社を続けられたのかもしれないです。他にどうしてもやりたい仕事もなかったです。社内研修は会社のお金で受けられていたのはありがたかったです。

会社組織にいると納得できなかったり、理不尽だと感じたりすることは多いです。

私は誰かの将棋の駒じゃない、感情があるんだ、どうしてわかってくれない!と憤りを感じることもありました。

病欠も難しく昼休みに点滴を打っての勤務、練習会、会議、残業続き、いきなりのスタッフ転勤、休日返上、自分には重い目標、顧客には先払いでお金を戴いているのに入らない予約、痩せない、脱毛効果が現れにくい、肌がなかなか改善に向かわないお客様、乾かない洗濯物、苦手なイベント開催、カルテ記入の時間も無い秒刻みのスケジュール、座れない一日、頑張ってもクレームやコンプレを戴く、お昼ご飯は無くなることも当たり前。毎日毎日辛い日もありましたし、どう頑張ればいいのかわからない日が続くこともありました。

それでも楽しいと思えることがあったら、なんとか続くもんです。

今になって思うことは、会社組織から教えてもらったことはたくさんあります。

10年私を勤めさせてくれた会社には感謝しています。

私は当時まぐれでエステ会社に入ったようなもので、今だったらきっと受からないですよ。私が新卒の頃より、選抜基準が厳しいのか、最近は若く美しく賢い人でも不合格になることもあるようです。どーもどーも私めを入れてくれてほんとありがとう、って思います(^.^)

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初めてのお客様

お客様がご来店くださることに関して、緊張しております。

やはりゲストをお迎えするわけですから、身内と対する時とはなんとなく違います。

特に緊張しておりまするのが、初めてのお客様。

アロマトリートメントが初めてのお客様も緊張しますが、指圧、整体なども全く未経験の方は、緊張します。嫌~(>_<;)という緊張ではないですよ。

馴れている方には、あえてご説明を省いたり、簡略化してお話することも、初めての方にはしっかりお伝えさせていただきたいこともあります。別のお話で盛り上がってしまってなかなか切り出せなかったり、…実は、…話すの忘れてしまうこともあったりします…。だめじゃん。

自分の過去の経験から、最初って肝心だと思ってしまうのです。

自分が精油を初めて嗅いだ時は、ラベンダーをクサ~イと思いました。

そしてエステティシャンでありながら、エステ会社に入社間もない頃はフェイシャルトリートメントが何が気持ちいいのかわからないエステティシャンでした。

ですからアルスタークへお越しくださったアロマ初めての方が、(アロマってクサーイ)(オイルトリートメントってヌルヌルしてイヤ~ン↓)(痛くて気持ちよくなーい!)な感想を持ってしまわれると、アロマテラピーを普及させて心身魂の健康維持増進を推し進めよう委員会(超個人的妄想的委員会・会長1名=arust会員1名のみ=arust)の会長として面目が立ちましぇん|||(_ _。)

特に経験が無いと言ってくださった方に、ココはぜひアロマテラピーを、オイルトリートメントを少しでも気に入っていただきたい!!!と、誰に頼まれてもいないのに使命感を持ってしまうというか…、気負っちゃうところがあるから緊張しちゃうんでしょうかねえ。うーん暑苦しいぞ。

馴れている方には、数あるアロマテラピーサロンの中から、このお店を選択肢の一つにいれてくださればいいなぁ~、くらいな感じなので気負いが少ないのかもしれません。

1年後はどうなってるんでしょうねえ。

初めての方には暑苦しいサロンかもしれませんが、嫌でなければどうぞいらしてくださいませ。飽きっぽいところもあるので、そのうち暑苦しくなくなってくるかもしれません。自分でもわかりませんので、来店してのお楽しみということで。

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松の内の思い出

松の内というと、なさけなーい思い出があります。

来店されたお客様と技術中にお話していた時のこと。

「松の内」という言葉が、どーしても出てこなくて、「初七日…」と言ってしまったことがあります。その時のお客様はすごく笑ってくれたんですけど、お客様によっては、縁起でもないと、笑えない場合もあったかもしれないですから、思い出すと恥ずかしいと同時に、ぞぞ~っとします。

こちらが失言しても、お客様たちはたいてい笑って許してくれたり、何もおっしゃらないことが多いです。抗議してくださる方はほとんどいません。はっきり意思表示してくださる方は、今後のご来店の意思をお持ちだった方が多いように思います。

本当にお怒りになった方、失望された方、諦めた方は黙って来店されなくなります。

お客様とセラピスト(エステティシャン)の関係についての線引きは、今もまだ私には難しいままです。

一度きりのトリートメントになったとしても、お互いにとって心地いいコミュニケーションをとりたい、といつも思い続けております。

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手は食い扶持

新卒で、エステ会社に入った頃、エステティシャンは手提げカバンは持たない方がいい、と新卒研修で言われました。その頃から10年エステ会社勤務時代は、手提げは持たず、肩にかけられるタイプのものを持ってました。手提げにもなるタイプのものは、紐で肩掛けにもなるタイプを敢えて選んでました。

そういえば、几帳面な人は外出時は手袋をしていました。

店長や、マネージャーなど管理者になると肩掛けにこだわらなくなるようでした。書類の入る大判の手提げタイプのバッグを持つ人がも居たように思います。

エステ会社を辞めて、教員の業務になってからは手提げタイプのバッグも買いましたが、リュックを使うときが多かったです。手で重いものを長時間持つと手の皮が厚くなるような気がしてしまうのです。

スポーツクラブに行くと、一時はエクササイズ用のバーベルも持ち上げていましたが(軽いのですよ)今は手にタコができるのが辛いので、バーベルは触りません。タコを作らず、バーベル使うなら、専用の手袋を使えばいいのでしょうが、ちょっとそれもなんだか気恥ずかしいです。

あなたたちの使う道具や、あなたたちの手、そして技術はあなた達自身の食い扶持。

上司が常々そうおっしゃっていました。その言葉は聞くことができてよかったです。

三つ子の魂百まで、といいますが、もう16年以上前のことですが、思い出します。

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還暦

エステの仕事をしていた頃の話です。

毎週来てくださっている女性がいました。

還暦はとうに過ぎ、お孫さんもいる方でしたが、月に2回以上は美容院で髪を整えられ、お越しになる時はスーツとお気に入りブランドの靴を履き、背筋を伸ばしてご来店される方でした。後姿は30歳代と変わりませんし、サングラスをされてきりりとメイクをされていると30~40歳代とも思えるくらいの美しい方でした。

毎週、お越しくださってエステのお手入れをされ、お手入れ中もぐっすりとお休みになることはなく、穏やかに上品にお話される方でした。

ご予約のお休みされる時は必ず事前にご連絡くださる几帳面な方でしたが、ある時なぜかお時間になってもお越しになりません。その日のご予約はお美顔とボディで3時間ほどのご予約です。予約が空けばその日のその時間にお手入れを受けたいキャンセル待ちの方にご連絡をすることになっていました。

ご予約の間違いではないか、ご自宅に確認のご連絡をすると、お家の方が「先週亡くなりました。」とのことでした。

ご病気をされたとお話されていましたが、サロンにお越しになっていた日頃の様子からは、まさかこんなに急に亡くなるとは思えませんでしたので大層驚き、ショックを受けました。

その方の一件で私はショックを受け、悲しみもあったのですが、亡くなる直前までお手入れにお越しになっていたその方の美意識を見習いたい、ともずっと思うのです。

還暦を過ぎても、私はお手入れをしたいという気持ちを持ち続けることができるのでしょうか。背筋を伸ばして歩いていられるのでしょうか。

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彼女が教えてくれたこと

アロマに関わりなく、ナーバスな話題なので、「死」について読みたくない方は読まないでくださいね。思い出です。

私は、自分が苦しくてたまらなかったときに助けてくれた友人がいました。特に親しかったというわけでもないのに、私の心の重さを軽くしてくれた人でした。

でも、ある日彼女は自ら命を絶ってしまいました。

その時、私の喪失感、絶望感、無力感は、今思い出しても、胸の奥に穴が開いたようになります。当時はいろいろと重なって、もう何もかもが自分から離れていくようで指の先から掻き集めても何もかもがこぼれ落ちていくようなやるせない時期でした。

彼女が出していた信号を、それほど重要で切羽詰っていたとは気づかなかったのです。

死について語る人に、どういう風に死を考えているのか聞けばよかった。恐れずに。

死について考えることある?ってその一言でもいいから切り出せばよかった。

大丈夫って聞いても大丈夫って返される、その後どうすればいいのかわからなかった。

彼女の心の中は死の女神の魅力に惹かれていたのなら、女神の魅力について彼女の立場で聞くことができればよかった。彼女は自分の考えていることを悟られないようにどんなにかエネルギーを費やしていたのだろうに。

今は、彼女は彼女なりに精一杯生きたのだから、彼女が決めて、彼女が選んだ人生の方法だったのだろうと思うようにしています。彼女は私に教えてくれたことがたくさんあります。喪失を絶望を無力感を背負っても私は生きていくのです。とにかく生きていくのです。

生きていてくれれば、うれしかった。

居てくれればうれしい。

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失敗話

エステ会社新人時代の思い出です。

強烈な印象の方がいらっしゃいました。

無口で、お肌がキレイな主婦の方でした。ボディコースでお越しくださっていました。

お腹のサイズダウンだったのですけどね。

初めてお腹サイズ測ったときにびっくりしました。

すごいのです。

サイズでは、無くて。

ヘソゴマが。

おへそに正露丸を詰めていらっしゃるのかと思いました。

ヘソごまがヘソにみっしり、詰まってました。

新人でしたので、おへそのことをお話することができず、トリートメントしながら、おへそにこっそりとオイルを流し込みました。

ご自宅でポロリととれてくれることを祈りながら。

数回、担当させていただき、おへそにオイルを注入してしまったのですが、私のお会いした限りではとれていませんでした。

今でしたら、お話しつつ、お客様の許可をいただいて、堂々とごま取りをしたか、潔く諦めたかとも思いますが、当時はうまく切り出せず、いつもお客様のキレイになったおへそを夢見ていました。

先日、私の大好きなブログan-Asianさんでもこのへそ話が出てましたよー。参考にしたい方は、an-Asianさんのブログも見てくださいね。

おへそのごまは、お風呂上りにおへそにオイルを流し込むと柔らかくなります。

そこでオイルを含ませた綿棒で優しくホジホジするとポロリンととれます。無理せず優しく、取れるとこだけを取るようにすると、お腹痛くなりません。

おへそのごまも老廃物ですから、溜め込むとおへそがクサクなってしまいますよ。

こんなの発見しました。

Nc3_1  「おへそ」キレイ。

画像クリックで丹平製薬さんのサイトへ飛びます。

おへそのごまをとる化粧品です。

こんな便利な化粧品があるのですね。

今日の記事を書くまでは知りませんでした。

試してみたいのですが、私のおへそにはゴマの欠片すらありません。

一回きれいして、あとは毎日お風呂で軽く洗っておけば、ヘソゴマは溜まらないようです。

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向き、不向き

人には向き不向きがあるに違いありません。

話が逸れます。

pcソフトのパワーポイントの使い方を教えていただきました。

今まで2点気になる点があって、パワーポイントには近づきませんでした。

2点って単に、私が、授業を受けるときは、パワーポイントの授業は見るのは楽しいのですけど、復習するときに頭に残りにくいこと、プロジェクタが無いと意味ないよね、と思い込んでいただけなのです。

でも発表用資料を紙に印刷するだけでも、役立つものですね。もっと早く知っておけばよかったです。食わず嫌いを反省です。

嫌いといえば、計算が嫌いがゆえに、進路を決めるときも、理数系、商業系は早々に避けました。

就職してからはお客さまのお食事のカロリーを概算ながら計算したり、日報、売り上げ計画、損益分岐点の計算をしたり、と避けて通れなくなるのですね。

しかし私は、自分が計算したくないがゆえに、エクセルに頼りました。

そして今、必要に迫られ、数字の勉強をしますが、逃げ続けた結果、やはり計算脳が作られておりません。

pcソフトの勉強とか、生理解剖学を勉強するのは苦にならないのですが、とにかく計算が嫌みたいです。向いてないと思われます。象がリスの車輪回しするくらい、私にとっては無茶な話です。これは、トラウマでもあるのでしょうか。正直計算は苦しいのです。

いつか「食わず嫌いだったわ、計算って楽しいっ!」「計算ラブ♪」て言いたい。きっと慣れれば数字には美しさを感じるはず。

それより今は尺側手根伸筋みてるほうが、美しく楽しいです。

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感情は自分で選択できる

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ウエイン・W・ダイアー氏の本です。

この2冊は私を楽にしてくれた本なのです。

というのも、感情は自分で選ぶことができる、と納得させてくれた本だからです。

エステティシャンをしていた頃は、「お客様に気に入られなければならない」という呪縛があったように思います。

お客様がご満足いただけなかったのは自分のせい、あのお客様が私のことを気に入らないのは、私のせい、という感じです。

また、私が辛いのは、あの人に嫌われたせい、私が気分が悪いのは理不尽なことをおしつけるなんとかのせい、と自分の感情は、他の事柄によってもたらされるのだと思い込んでいました。

紹介されてこの本を読んだのですが、ちょうど心が欲していたときだったのか、止まらずに読みふけってしまいました。

他人の感情・評価は、他人の頭の中で起こっていることで、振り回され疲弊するくらいなら、私とは関係ないと捉えてもいいことです。

「私」の感情や私の評価は私が選択し、私自身が感じていることです。

私は私のできうる最大限に心を込めて接客すればいい。それがお気に召すか召さないかはお客様が選択することで、努力して改善できることなら、今後改善すればいい。人には相性というものもある。

私が機嫌が悪いのは、私が選択していること。それなら機嫌が良くなるように行動をすればいい。私が辛いのは、私が「辛い」という感情を選択している、それならば辛くなくなるようにするにはどうすればいいのか考えよう。

ものすごくはしょってますが、この本を読んで、思考の方向が変わり楽になることができました。

最近は読みやすいものが出ています。

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